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世界でいちばんアプリを開いて、世界でいちばん出会えない国

On Narrative

世界でいちばんアプリを開いて、世界でいちばん出会えない

数字の向こうに見えた、日本の恋愛のかたち

STORYBOOK Editorial Reading Time — 9 min

ふと、ふたつのデータが並んでいるのを見て、私たちは少し言葉を失いました。

日本人は、世界でいちばんマッチングアプリに時間を費やしている。そして、世界でほぼいちばん、リアルな交際から遠ざかっている。

市場規模では、アメリカが世界1位(70億ドル超)、日本は2位(16億ドル)。ところが、アプリの一日あたり使用時間で見ると、その関係は逆転します。アメリカは平均10.9分で世界24位。日本はそれを大きく超えて、1位なのです。

MARKET SIZE 市場規模 #1 → 下位 アメリカ 日本 TIME SPENT 1日あたり使用時間 #1 → 下位 日本 アメリカ 24位 · 10.9分
Fig. 1 the inverted rankings. — 市場の大きさと、使い込みの度合いは、逆転している

そして、過去1年間に親密なパートナーがいなかった日本人は、男性で44.5%、女性で45.3%およそ半数。同じ指標は、ドイツや他の先進国の調査では男女とも約20%程度ですから、国際的に見て、ふたつ抜けて高い数字です。

つまり、こういう絵が浮かびます。私たちは世界でいちばんマッチングアプリを使い込み、世界でほぼいちばん出会いから遠ざかっている。

もちろん、アプリのせいで出会えないわけではないでしょう。アプリがなかったら、もっと出会えなかったのかもしれません。けれど、このふたつの数字が同時に世界の端と端にあるという事実は、なにか奇妙なことが起きているように思えます。

不思議に思って、なかをのぞいてみました。

同じアプリを、違う使い方をしている

USA 会う 4–5 days · ~10–20 messages JAPAN 会う 2–4 weeks · ~30–60 messages
Fig. 2 the same app, two distances. — 同じアプリ、ふたつの距離

アメリカ人は、マッチしてから4〜5日のうちにデートに誘うのがスイートスポットだといいます。やり取りは、10〜20通ほど。日本人は、2週間から1ヶ月かけて、30〜60通を交わしてから、ようやく会います。

同じアプリを、まるで違う使い方をしている。

つまり、私たちがアプリの中で世界一の時間を過ごしているのは、機能を使い込んでいるからではない。会うまでに、長い助走を必要としているから

ここで、ひとつの問いが立ちます。では、なぜ日本人は、こんなに長い助走を必要としているのでしょうか。

私たちが警戒心と呼んでいるもの

もっともよく聞く答えは、「日本人はシャイだから」「警戒心が強いから」というものです。それは、たぶん、間違いではありません。

ただ、もう一段だけ、踏み込んでみたくなります。私たちが「警戒心」と呼んでいるものの正体は、いったい何なのでしょうか。

アプリを開きながら、私たちが感じている警戒心には、ふたつの層があるように思えます。

ひとつは、画面の向こうにいるひとへの警戒です。本当に真剣に出会いを探している人なのか、遊び目的なのか。プロフィールの言葉は、ほんとうのことを言っているのか。会ってみたら、思っていた人とまるで違っていないか。

もうひとつは、アプリそのもの、あるいはアプリで出会うこと自体への警戒です。こんなふうに人を選び、選ばれていて、自分は人として大丈夫なのだろうか。これに慣れてしまったら、もっと大切な何かを失うのではないか。

どちらの警戒心も、まっとうなものだと思います。私たちの直感が、そう言っている。

そして、ここで気づくことがあります。ふたつの警戒心の根っこに横たわっているのは、おそらく同じもの。「信頼してよいかどうかの、手がかりが見えない」という、深い不安です。

日本は古くから、関係を始めるまえに「文脈」を必要とする文化だと言われてきました。文化人類学では、ハイコンテクスト文化、と呼ばれる種類の社会です。「Hi, how are you?」で会える文化と、そうでない文化がある。日本では、相手を信頼してよいかどうかは、まず文脈のなかで判断されてきました。誰の紹介で、どこの誰で、どんな場で出会ったのか——その手がかりがあって、はじめて信頼が立ち上がってくるのです。

警戒心とは、性格ではなく、 文化のかたちなのかもしれません。

文脈がないと、信頼の手がかりが立ち上がってこない。だから、警戒する。それは、欠点ではなく、私たちが長いあいだ培ってきた、人と人とを大事に結ぶための作法のようなものです。

そう考えてみると、本当に問うべきは、「どうやって警戒心を超えるか」ではないのかもしれません。問うべきは、こちらのほう——失われた『文脈』を、どう取り戻すか

変わったのは、もっと外側でした

ここで、もうひとつだけ確かめておきたいことがあります。それは、「では、変わったのは私たちの恋愛への関心のほうではないか」という疑問です。よく言われる、「日本人は恋愛から離れた」という説明です。

けれど、これも数字を当たると、すこし違うのです。

恋人がいる若者の割合(18〜34歳) 50% 30% 10% ~30% 1980s 1990s 2000s 2010s 2020s
Fig. 3 the unchanging line. — 動かなかった線、40年

恋人がいる若者の割合は、この40年間、ずっと30%前後で、ほとんど動いていない。1980年代も、いまも、大差はない。コミック市場は2024年に過去最大の7,000億円超を更新し、推し活市場は約3.8兆円規模、乙女ゲームの世界収益のおよそ7割が日本市場から生まれています。恋愛への関心という意味では、日本人はむしろ世界トップクラスにいる。

変わったのは、関心のほうではありませんでした。変わったのは、もっと外側。私たちと、出会いとの「あいだ」にあったものでした。

合コン redistribution 友達以上、恋人未満 grey zone 異性が混じる場 mixed gathering
Fig. 4 the vanishing devices of context. — 消えていった、文脈の装置
合コンが、消えた。 友達以上、恋人未満のグレーゾーンも、消えた。 飲み会の場で、異性が自然と混じり合う機会も、ずいぶん細くなった。

リクルートの大規模調査によれば、配偶者やパートナーと出会う方法として「合コン類」を利用したという回答は、コロナ前の13.5%から、4.0%へ激減しています。代わりに主役の座についたのが、マッチングアプリです。

これらは、ただの場ではなかった。

合コンは、ある人が「会いたい誰か」のために開いた席に、たまたまその友達が呼ばれていく場所でした。出会いの強い人の余白が、そうでない人のところへ、こっそりこぼれ落ちる。そういう、ささやかな再分配の装置だったのです。

「席替えで、隣になった」 「文化祭の準備で、なぜか同じ係になった」 「同期会で、何年かぶりに会った」 「友達の友達として、紹介された」

こうした出会いには、いつも、行為に事後的な意味を与える小さな装置がついていました。「これは運命かもしれない」と読み替える余地を、社会の側が、そっと貸してくれていたのです。私たちが必要としていた『文脈』を、社会のあちこちが、無償で貸してくれていた

アプリの中には、その種の物語がない

そして、いま私たちがいるのは、合コンが消え、グレーゾーンが消え、異性が自然に混じる場が薄くなった、その「あと」の世界です。代わりに主役になったマッチングアプリには、しかし、消えた装置たちが組み込まれてはいませんでした。

アプリにあるのは、アルゴリズムが選んだ、という事実だけ。文脈を必要とする私たちにとって、それはあまりにも素っ気ない手がかりです。会うことの「意味」が、なかなか立ち上がってこない。

そう考えてみると、長い助走の意味が、別の顔を見せはじめる。

私たちはたぶん、効率の悪い使い方をしているわけではないのです。社会から消えた物語装置を、たったひとりで、自分のスマホの上に書き直そうとしている。プロフィールを丁寧に読み、共通点を探し、何週間もメッセージを編んでいる。それは、信頼のための文脈を、自分の手で編み直そうとする営みなのかもしれません。

「マッチングアプリ疲れ」の正体は、 アプリのせいではなかったのかもしれません。

本来、社会が貸してくれていた物語の装置を、ひとりで引き受けてしまっているから、疲れる。そういう構造なのかもしれません。

あなたの疲れは、たぶん、あなたのせいではない

ここまでの話は、もしかしたら、こう言い換えられます。

あなたがマッチングアプリで疲れているのは、あなたのプロフィール文が下手だからでも、写真が悪いからでも、相性が悪いからでも、運がないからでもないかもしれません。

ほんの30年前なら、合コンを開いてくれる先輩が、文化祭で同じ係になった同級生が、「いい人いるよ」と紹介してくれる友達が——あなたの代わりに、文脈を編んでくれていました。あなたはただ、その文脈の上に乗っていればよかった。物語の半分以上は、社会の側がすでに書いてくれていたのです。

PAST NOW 分け合っていた重さ ひとりで抱えている
Fig. 5 the weight that used to be shared. — 誰かと分け合っていた、重さ

いま、その役割が、ぜんぶあなたひとりに乗っています。プロフィールを書き、相手を読み解き、共通点を探し、文脈を作り、空気を読み、次に会う口実を組み立てる。本来は何人もの人と社会の習慣が分担していた仕事を、画面の前のあなたが、たったひとりでこなそうとしているのです。

それは、あなたの未熟さではありません。ただ、ひとりで担うには、もともと荷が重すぎる仕事を、引き受けてしまっている、ということです。

では、どうやって関係を深めればいいのでしょう

ここから、もうひとつだけ、踏み込ませてください。

出会いの物語は、もともと、ひとりで書くものではありませんでした。合コンを開いた人、紹介してくれた友達、文化祭で隣の席にした先生。出会いはいつも、誰かが他の誰かと共謀して文脈を作ってくれる、共同作業だったのです。

だとすれば、私たちが探すべき答えは、たぶん「もっと頑張って、ひとりで上手に書く」方向ではないのではないかと思います。

ALONE TOGETHER ひとりで書く ふたりで編む
Fig. 6 writing alone · weaving together. — ひとりで書く、ふたりで編む

物語を、もう一度、ふたりで編むものに戻すこと。最初のメッセージから、出会いそのものを、ふたりで一緒に書いていくものにすること。

アプリの中の数週間が、「お互いを審査する時間」ではなく、ふたりで物語の最初の一章を編む時間だったとしたら——同じ30通でも、同じ2週間でも、終わったあとに残るものは、まったく違うのではないでしょうか

私たちは、アプリの中で、何を編んでいるのでしょうか。 たぶん、消えてしまった文脈の代わりを、ひとりずつ、編んでいます。 ひとりで、ではなく、ふたりで編めたなら——。

References

参考文献・データ出典

  1. Sensor Tower『日本のマッチングアプリ市場分析』(2025年)。日本のマッチングアプリ一日あたり使用時間は世界1位、米国は平均10.9分で世界24位。
  2. Ueda P., Sakamoto H. et al., "Trends in Sexual Behavior and Partnership Among Adults in Japan", Journal of Sex Research(2023年掲載、2022年調査)。過去1年間に親密なパートナーがいなかった割合は男性44.5%、女性45.3%。比較対象としてドイツ等欧米諸国の同指標は男女ともおよそ20%前後。
  3. Logan Ury(Hinge Director of Relationship Science)による公表データ。マッチからデートに誘うスイートスポットは4〜5日、メッセージは10〜20通程度。
  4. 日本のマッチングアプリ利用者調査(複数調査の集計)。マッチングから初対面までの最頻値は1〜2週間、女性側の希望は2週間〜1ヶ月、メッセージ頻度は1日1〜3通が標準。
  5. 国立社会保障・人口問題研究所『第16回 出生動向基本調査』(2021年)。18〜34歳の交際率はおよそ40年間にわたり3割前後で推移。
  6. 株式会社リクルート『外食を伴う出会い実態調査』(2023年、首都圏・関西圏・東海圏 約1万人)。配偶者・パートナーと出会う方法として「合コン類」を利用した割合はコロナ前の13.5%から、コロナ後は4.0%へ激減。
  7. 出版科学研究所『2024年コミック市場規模』。年間市場規模は7,000億円超、過去最大を更新。
  8. 矢野経済研究所『「推し活」市場に関する調査』。市場規模はおよそ3.8兆円規模(調査年・前提条件により集計幅あり)。
  9. App Annie / Sensor Tower 等によるグローバルゲーム市場分析。乙女ゲームジャンルの世界収益のうち、日本市場が占める割合はおよそ7割。
  10. Edward T. Hall, Beyond Culture(1976)。ハイコンテクスト文化・ローコンテクスト文化の概念について。